2020年12月14日月曜日

【人の信用を守る】そのまんまの自分を受け入れると人とコミュニケーションしやすくなります。

「濃密な関係性の人に幸せにしてもらおうなんておこがましい。」

「幸福は多様な形があるから、自分の幸福を追求すべし。」

「その上で、対等なコミュニケーションをしたいもんだね。」


分かります、その思い。

こんにちは、【人の信用を守る人】です。

昨日は行きつけの焼肉屋さんで

10年来の友人とランチをしました。


久しぶりの対面に話が弾みました。

そのまんまの自分を受け入れていると、

話が弾みますね。


やはり、外部の認知の仕方の出発点は

自分をどう認知しているから始まってますね。

凸凹の自分を評価せず、そのまんま受け入れると、

目の前の相手にも凸凹があることを

そのまんま受け入れることが出来る出発点になります。


自分を卑下して認知している習慣は、

大げさに言えば、人の言葉尻を自分に向けられた刃のように感じます。

人間だもの、そんな時もあるよねで殆どのことが事足ります。


後は自分のやるべき事に全集中していくのみ。

いやーでも、楽しかったな。

まだまだですが、

色々な人とのつながりも大切にしていきます。


あなたは、久しぶりに友人に会う時に緊張しますか。

以上、【人の信用を守る人】でした。

2020年12月13日日曜日

【人の信用を守る】それでも人生にYES!と言う。

「人生こそが無条件意味を持つんだな。」

「コペルニクス的発想ですな。」

「自分が人生に問うんじゃなくて、人生に自分が問われているわけだね。」


分かります、その思い、分析。

こんにちは、【人の信用を守る人】です。

フロイト、ユング、アドラーが心理学の三大巨匠と言われていますが、

私の心理学の心の師匠はヴィクトール・フランクルです。

小手先のテクニックは一切なく、

スナイパーのような一撃必殺の発想がすごい。

そして、その根底には愛が溢れている。


『夜と霧』

『それでも人生にイエスと言う』


私は衝撃を受けたのは、人生に対するコペルニクス的考えです。

つまり、

私が「人生とは何か?」と考えるのではなく、

人生が「私は何か?」と問うているという考え方です。


例えば、終戦で強制収容所から出られたフランクルさんは

父・母・パートナーがすべて死亡している事実を知ります。

しかし、仕事で没頭して、9日間で『夜と霧』を書き上げました。

また、一年後の講演会の記録をまとめたものが、

『それでも人生にイエスと言う』です。

強制収容所の中で人々がどのように希望を持つのか、

絶望するのかを実体験も踏まえ、観察してきて、

フランクルさんはどうしたら希望を持てるのかを言語化して言ったんです。


やっぱり、極限状態でも生きる希望の手段の一つが言語化ですね。

言葉を覚えている人間に許された救いの手段です。

あっでも全然違う発想で逆境を乗り切る人もいますよね。

過去の体験の蓄積からの発想ですから、

その乗り切り方は多様性に富んでいるはずです。


肉体も精神もぎりぎりの中で

精神科医としての視点を持ち続けていたのも

そのこと自体が希望になるからです。


どこかに行けば、幸福な人生が訪れる人生探しの旅ではなく、

人生のほうから「おまえはどんな人間なんだ?」

「おまえだったら、どうするんだ?」と問われているということ。


つまり、人生こそが無条件意味を持つ存在だということ。

俺の人生って意味ないな、じゃねえの。

人生からお前この状況おまえなりにどうすんのよ?って問われているということ。

愛のある言い方をすれば、

フランクルさんのように

ある日突然、何の言われもなく

強制収容所に送られ、

財産も、家族も、名前もうばわれ、6文字の数字で呼ばれ、

小さなパンのかけらと水で毎日飢えをしのぎ、

いつの日に終わると知れない強制労働をしいられる人生に

なったら、おまえはどうする?ということ。


その時に人生の無条件的意味から派生する発想が持てるかもてないか。

無条件意味から派生する発想は

例えどんな状況になっても、発想が浮かぶということ。愛ですね。


ここは多様性に富んでいて良いわけです。

なぜなら、体験値はひとそれぞれなんだから。

フランクルさんは結婚相手の像を創造し、会話をすることで

心の安らぎを得ていたそう。

そうなんです、すべて奪われても、過去だけはその人から奪うことが出来ない。


ここに新たに過去に関するコペルニクス的発想があります。

過去は消えることはない。金庫のようにしっかりと保存されている。

人生に意味を見出そうとしていたり、無意味だと嘆いている

人こそ、過去から目を背けている。過去は消えることがないのに。


フランクルさんのその人が自ら思いつく発想を大事にしている例として、

奥さんに先立たれて数年悩んでいる医者の男が

相談に来たときに、

「もし、あなたが先に死んだら、奥さんはどうだったと思いますか。」

「とても悲しんだと思います。」

「あなたがその奥さんをその悲しみから救ってあげたのです。」

そして、はっと何かに気づいて、男が握手をして出て行った。

というエピソードがあります。


まさに、コペルニクス的発想

悩んでいる、悲観しているのは

自分と人生との関係性を履き違えて、自己中心的考えに陥っている。

そしてその場合表れる症状として、

何度も反芻思考をしてしまうので、分かりやすい。


人生とは何か空しいものだな。なんて反芻思考はストップ!

いつからでもどこからでもそれでも人生にイエスと言おう。

人生に、お前はどうすんだよ?と問われている。

その答えを発想したら、反芻思考がぴたりと止むわけだ。

つまり自分と人生を同化させてはいけない。

人生は無条件に意味を持つ。

手足がなくなろうが、

大病しようが、

肉親が死のうが、

何が起こっても、意味を持つ。

そして、その瞬間に人生に問われる。

お前はどうする?ってね。


そういう意味で、フランクルさんの上記の2冊は

私の人生観をコペルニクス的に変化させました。

抽象的な概念を考えられる人間の実存を考え抜いた文章は

平坦ですが、だからこそ、読んでいて毎回、涙が溢れます。

わたしにとっての人生の応援歌です。


私たちは常に問われているわけです、人生に。

お前ならどうすると。

いいよねー、この発想、大好き。


あなたは、コペルニクス的発想で逆境を淡々と乗り越えたことがありますか。

以上、【人の信用を守る人】でした。

2020年12月12日土曜日

【人の信用を守る】I love you because you’re you.が愛です。

「愛されるって受身なんだよな。」

「条件付き愛は凸凹の自分を愛していない人の行う行為だよな。」

「あなたはあなたなのだから私はあなたが大好きです。」


分かります、その思い。

こんにちは、【人の信用を守る人】です。

映画やドラマの一場面やや本の一節などの間接的でも

誰かに直接的に言われても

必ず目に涙がたまって、感謝の気持ちになる言葉が昔からあります。


それは『そのまんまのあんたが大好きだ。』という言葉と無意識です。

『I love you because you’re you.』ですね。とっても素敵な絵本があります。


無意識と書いた理由は言葉になっていなくても、

無意識は伝わってくるからです。

人生のその時々で出会ったその人たちは鮮明に記憶しています。


でもさー、そろそろ、その愛を受けた自分が愛を与える側になる時では。

愛をくれくれ成人は自分の埋められない部分を埋めるのに渇望している人。

孤独な人は無意識ですが、簡単にだませると詐欺師のような人が

虎視眈々と狙ってますからね。まあ、でもスタートラインがそこなら、

何かトラブルが起きて、気がつくことからですよね。


もっと突っ込んで文章書くよ自分。

世の中に詐欺師が虎視眈々と狙っているという言葉を発した

あなたの中に程度の問題はあれ、詐欺師的意識があるだよ。

条件付愛を提示していたのは、おまえじゃねえかってことだよ。

損得勘定で人間関係を考えている時点でそういうこと。

お前の中にI love you because you’re you.を育ててくんだよ。

他人に言われて、涙が溢れるんだろ。

お前の中にあるんだよ。それを認めてくれと

無意識の中の私が訴えているんだよ。

そこがお前のスタートラインだろ。

そして、そのまんまの人を自然に愛していけるよ。

回りくどいけど、そこがお前のスタートラインなの。


こうやって、何でも意識化に上げて、言語化することは

心理的な回復効果があることが実験で実証されているし、

私も実感し始めているところです。

具体的な行動をした時には社会的に制裁されるという意味でのタブーはありますが、

言語化した言葉にタブーはありません。

どんどん言語化すればいい。それが自分への救済になります。


ということで、私のスタートラインはどこかと言えば、

無意識でのI love you because you’re you.です。

何か昔から何かと外部と比較する思考の癖があるんですよね。

なので、私のスタートラインは

I love me because I’m me.を心の片隅に置いた

マインドフルネス瞑想の習慣です。

凸凹でいいじゃない。タブーなく、言語化していきましょ。


あなたは、I love you because you’re you.を言われたことがありますか。

以上、【人の信用を守る人】でした。


2020年12月11日金曜日

【人の信用を守る】言語化できていない身体の認知の仕方に着目すると反応の動機まで分かります。

「言語化できていなくても、身体が反応しているのが分かるよね。」

「そこに着目することが、意識領域の拡張になるよ。」

「人それぞれ癖があるからね。」


分かります、その分析。

こんにちは、【人の信用を守る人】です。

止まっているエスカレーターを階段のように上がったり、

降りたりしたことがありますか。

私は今までに何度かありますが、

止まっているのに、脳が無意識に予知し

まるで動いている時のように視覚を認知させ、

大変、上がったり降りたり、しづらいです。


この現象は体感を伴って表に出た例なので、

是非一度体験してみてください。

この現象からわかることは、

脳の心理学で言えば、無意識の領域で

言語化などの高度処理をする前に認知しているということです。

それも自動的にです。


この自分の自動的な認知に気づくことが

今現在の自分を知る第一歩です。

新しい体験をどんどんすることで、

自分の自動的な認知の機会が増えます。


何も考えないままだと自動的なので、

その認知に気づかないです。

その認知ではなく、敵意や悩みという別の形で意識の上に現れることもあります。

認知があって、反応があるので、

反応というのは結果であり、症状なので、

なんで俺はこんなことをしてしまったのだろうと

考えても答えは出ません。

その結果や症状の動機となる認知に気づくことが

自分の意識の拡張につながります。

どこまで自分の意識を拡張できるかが人生ですね。

最大限広げることを一生追い続けるのが悟りなんでしょうな。

禅で言う、『日日是好日』でいきたいもんですな。


まずは、どんなスタートラインなのか意識の自分では分からんので、

頭に浮かんだことをひたすら書き出すこともおすすめです。


あなたは、自分の自動的な認知に気づく機会がありますか。

以上、【人の信用を守る人】でした。

2020年12月10日木曜日

【人の信用を守る】意識領域の拡大は不安の積極的な解決になります。

「自分だと思う範囲を広げることって大事だよな。」

「意識領域の拡大ってことだよね。」

「意識上に浮かんだフィードバックを言語化することがスタートラインだよな。」


分かります、その分析。

こんにちは、【人の信用を守る人】です。

強い光を浴びながら、毎朝瞑想している目的は

脳内ホルモンのセロトニンを増加させることです。

セロトニンが増加することで交感神経が働き始めます。

交感神経は血圧や代謝を上げて、日中の活力ある時間を作り出します。

また、セロトニンは15時間くらいに睡眠を促すホルモンであるメラトニンを作る

ための物質でもあります。


なので、日中に活発に動くことというよりも、

朝起きて強い光を浴びることの方が夜熟睡する要因になりますよ。

日中活動的なのに、夜寝られない人は

スマホや携帯に必ず付いているライト機能を使って

目覚める習慣はすごくおすすめです。


このように何でも自分の生活改善になることを

意識の上に乗せて言語化していくと

不安の積極的な解消になります。


自分が毎日何かしらしている行為をし終わった直後に

感覚的に帰ってきたフィードバックに気づくこと、言語化すること

それがどんなものであれ、そこがスタートラインです。

分かりやすい視点は動機ですね。

自分が行った行為の動機に着目することですね。

それがどんなに自分にとって耐えられない動機でも、

それを直視しなければ、同じ行為を繰り返しの人生です。


では、私の直視すべき行為は何かと言えば、

悩むことです。

悩むこととは瞑想をしていると分かったことですが、

自分、他人、社会への敵意が根底にあります。

意識の表層に上がってきたものが言語化されるので、

それはそれで言語化した上で、瞑想の中で、

動機となる敵意をそのまま受け止めています。


意識上に浮かんできた感情を押さえつける行為を繰り返してきたので、

私のスタートラインは瞑想の中で、

今の自分のそのままの心の動きを受け入れることです。


客観的に言えば、悩むことはとても自己中心的な行為であり、

意識領域で認識している自分というものが狭いからなんだろうなと思います。


それから、自分が行う行為を動機から考えることで

自分の意識領域を広げる以外に、

こんなことも考えられるようになるかもという仮説があります。

それは、同じ行為をしていても人それぞれ動機が違い、

その動機を観察、感じ取ることでより深く

相手とコミュニケーションできるきっかけになるのではという仮説です。

”動機”という言葉にこの頃、興味を惹かれています。


あなたは、自分のふとした行動の動機を深く考えたことがありますか。

以上、【人の信用を守る人】でした。

2020年12月9日水曜日

【人の信用を守る】何でも受け入れてくれる存在を他人に求めていませんか。

「受け入れるってのをさ、他人に手渡しちゃーだめだよな。」

「その日その瞬間の受け入れるのは自分なんですよ。」

「それが出来るかどうかが人生の大きな分水嶺だよな。」


分かります、その思い。

こんにちは、【人の信用を守る人】です。

テレフォン人生相談というラジオ番組をご存知でしょうか。

匿名で、様々な問題だと思っている本人が、

精神科医や哲学者、作家などに相談する番組です。


子供科学電話相談室も興味深い番組ですが、

テレフォン人生相談もそれ以上に興味深い番組だなと最近気づきました。

なぜかというと、私の中でだんだんと他の人の心理にも興味が湧いてきたからです。

もっと正確に言うと、自分の瞑想を通して、

まだまだですが、凸凹の自分の様々な雑念が浮かぶのを

そのまま受け入れていると

あーこの作業を他人任せにしていたなと気づいたからです。


俺はこんな不幸だー、甘えさせてくれ。

甘えさせてくれない、社会が悪いー。と敵意になって表面上の意識に表れます。

そうすると、興奮を持続させる依存物質を取る行為を繰り返します。


そうじゃない、例えば、俺は不幸なんだと考えているんだね。

とそのまんま受け入れる時間を定期的に瞑想をして行えばいい。

瞑想はそのまんまの自分との対峙なので、

意識の自分では思いもよらない文字も浮かんできます。

が、そのまま受け入れる。


そうなんです、何でも受け入れてくれる存在があるとすれば、

それは無意識の自分なんですよ。ここ大事なところです。


テレフォン人生相談を聞いていると、

殆どが人間関係の問題につきますね。

納得するしないに関わらず、15分程度で終了です。

みなさん、必死になって自分の人生と向き合っています。

なので、わたしも何でも受け入れる無意識の自分と対峙する時間を

今後も習慣にしていきます。


他の人も必死で生きているのに、

全面的に自分を受け入れてもらうなんて、おこがましいわー。

自分がそうされたらむりっしょ。

それぞれの無意識の自分に

そのままの自分を受け入れる習慣をしていくことの大切さに

改めて、テレフォン人生相談を聞きながら思った次第です。


あなたは、無意識の自分と対峙する時間がありますか。

以上、【人の信用を守る人】でした。

2020年12月8日火曜日

【人の信用を守る】人間の行動を観察しても意味なし。その行動をする動機を読み解くべし。

「法治国家は人の行動だけで罰するからな。」

「そうすると、大部分が見えなくなるよね。」

「行動、言動のその根底にある動機に着目しないとね。」


分かります、その分析。

こんにちは、【人の信用を守る人】です。

その人の行動を賞賛する、嘲う色々な外部要因があると思います。

自分の人生なんで、それぞれがそれぞれのやり方で克服すべきものです。


私は動物的健康習慣取り入れることで、

意識ではコントロールできない

自律神経の働きをある程度コントロールできるできるようになってきました。


その上で、心の自律神経を司っていると私が考えている

無意識と向き合える今のところ唯一の機会だと思っているものが瞑想です。

毎日、強い光を浴びながら、瞑想をしていると

自分の無意識部分から様々な動機となる思いが泡のように膨らんでいます。

その時に俯瞰的に状況を観察していたら、一つ気づいたことがありました。


無意識は広いので、浮かんだ様々な思いをそのまんま受け入れていい

ふるさとになりうる場所だなという気づきです。

また、ポイントは行動じゃなくて、その行動をする時の動機、

つまり支えになる無意識なんだなーという気づきです。


そもそも無意識は無限にだだっぴろいので、

日常的に生まれてくる言語化された言葉を押さえつけるって

本末転倒ですよね。

もっと自分の本体である、無意識にたよっていいじゃねえの。

意識部分で帳尻を合わせようとする方がばからしいですよね。

このあたりに次の自分の成長方向がありそうな予感。


本当に心の劣化がすさまじい時代に生きている感覚があります。

自分自身も含めてね。でも、そんなもんは幻想とも捉えられます。

無意識に気づけば、人間なんてみんなどんどん変化していきますからね。


自分の行動をする時に動機が何なのか考えるの大切だよな。

コミュニケーションする相手は無意識に埋まっている動機を

言語化してなくても、感じてしまうんだろうな。

言動、行動なんて改めても、

内発的動機を大切にしていないと、

「普段はまじめな男の子なんですよね。」と近所から言われる

殺人者になってしまいますからね。


無意識も含めてそのまんまの自分を見つめられる機会の一つが瞑想です。

日々、無意識から生まれ出る動機をそのまんま認めることからでしょうな。

脳内で、人を殺しても、何をしてもまったく犯罪にはなりませんからね。

ぷかっと浮かんでくる動機となる言葉はそのまんま認めて川に流す。

意識だけを使って社会を生きていると無味乾燥に感じる人は

簡単でいいので、瞑想おすすめですよ。

ポイントは浮かんでくる煩悩などの思いをそのまんま、そうなんだー。

と受け入れることです。そこからしかスタートできないですからね。


自分を深く受け入れる習慣でしょうな。

まあ、俺の受け入れなきゃならん、表面上の行動、心理は、

世の中誰もが自分をちやほやしてくれると思う末っ子の甘えでしょうな。

その奥に埋まっている攻撃性のある自分も

瞑想の際にそうなんだなーと感じ始めると、

変化していくんだろうな。

他人の動機に思いをはせる前に、

自分の行動の深く埋まった動機を受け入れる瞑想をより習慣に

していくことからでしょうな。


あなたは自分の行動の深く埋まった動機を観察したことがありますか。

以上、【人の信用を守る人】でした。

【お金を稼ぐ】トレーニングの最終目標は実際に人にやって教えることができること!

「教えてもらうだけでは、できるようにならないんだよな。」 「目標自体がその人がどうしてもやりたいことである必要もあるな。」 「人に教えることができて、はじめて1人でできるんだよな。」 分かります、その分析。 こんにちは、 【お金を稼ぐ人】 です。 スマホの故...