『考えることと悩むことは同じことじゃないの?』
『考えることは目標までの過程で
次のステップに進むための問いを作り、答えること。』
『悩むことは同じ場所でぐるぐる堂々巡りをしていること。』
こんにちは、【お金を守る人】です。
いやー、今の今まで考えることと
悩むことは同じことだと思っていました。
今日は、ご近所さんとお茶を飲みながら話をしていた時に
はっと気がついたんです。
その方は『私は根がポジティブで
考えて考えて話しをするタイプだ。』と言ったので、
私の色眼鏡では
考えること=悩むこと
なので、
『悩みが多いでしょ?』
と聞いたら、
『悩みは全くない』と言われたんです。
はっとしました。
そうかー、根がポジティブだから、
考えても、悩まないんだ。
ということは、私は根がネガティブだから、
考えることと悩むこととを同一視していた
認知のゆがみに気づきました。
こんな基本的なところに
意識していない
認知のゆがみがあるなんて思ってもみませんでした。
そこで、
悩むことと考えることを調べてみると、
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「考える」と「悩む」は違い、
考えるという行為は生産的、悩むという行為は非生産的で、
「本人は一所懸命に考えているつもりでも、
悩むばかりでただ時間を浪費しているケースが少なくない」
悩むというのは、答えを手にしたいのに、その答えが手に入らず、
同じところをぐるぐると回っているような状態。
一方、考えるというのは、答え探すのではなく、
答えに至る問いを自分の中で立てるプロセスのこと。
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「悩む」とは、物事を複雑にしていく行為
「悩む」ケースでは、問題があいまいなまま、
いきなり解決策にたどり着こうとすることが多い。
なんの目的もなく、そのことを考えることで、
ネガティブな気持ちになったり、
過去を後悔するだけで、建設的とは言えない行動を、「悩む」といい、
ああでもない、こうでもないと、ひとり悶々とする。
わざわざ問題をややこしくし、袋小路に入り込む。
ずるずると時間を引き延ばし、結論を先送りする。
それが「悩む」という行為だ。
「悩む」=「答えが出ない」という前提のもとに、「考えるフリ」をすること
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「考える」とは、物事をシンプルにしていく行為
何かの問題を解決しようとしたり、
より良く生きるためにはどうすればいいのか?など、
なんらかのゴールに向かって、
建設的に物事を見極めていくことが「考える」ということ
「考える」ケースでは、最初に問題をできる限り明確にする。
そのうえで必要な情報を収集し、
整理するといった具合に、
手順を踏んで解決策を導き出す
アインシュタインの特殊相対性理論が
「E=mc2」というシンプルな関係式に行き着いたように、
簡潔な原理原則にまで落とし込んでいく。
それが「考える」という行為だ。
「考える」=「答えが出る」という前提のもとに、
建設的に考えを組み立てること
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いやー、考えることと悩むことを同一視していたことで、
今考えていると思っている時も
実は悩んでいたこともあったのだろうな、と気づきました。
考えることを軽んじていました。
せっかく、たくさん面白い発想を出してくれる脳に
失礼なことをしていました。
そうかー、悩むんじゃなくて、考えればいいんだ。
考えることは物後をシンプルにすることなんですね。
考えることから悩むことを分離できたので、
今後はますますシンプルに考えることができ、
シンプルに考える習慣を身に付けます。
根が明るいご近所さんに感謝です。
違った考えを持った人との会話には
はっとさせられる瞬間があります。
みなさん、考えていますか。
以上、【お金を守る人】でした。

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